永井隆博士:長崎の鐘

「余命3年」の宣告から2ヶ月後に被爆 妻を失った医師が、それでも桜を植え続けた理由
TotalNewsWorld 2026.08.09
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「余命3年」の宣告から2ヶ月後に被爆 妻を失った医師が、それでも桜を植え続けた理由

長崎原爆の日、あまり語られることのない一人の医師の生涯を紹介したい。放射線医学者の永井隆博士は、戦時中、結核患者の診察でレントゲン撮影を続けるうちに大量の放射線を浴び、1945年6月、白血病と診断され「余命3年」を宣告された。その2ヶ月後の8月9日、爆心地からわずか700メートルの長崎医科大学で、博士自身が被爆する。

妻の遺骨は、焼け跡のロザリオだけだった

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